当然と言えば当然のことを、
書き並べてみる。
それは、バッハに、
鍵盤上のソルフェージュという意味の、
基本的な読譜から、
演奏の完成に至る全ての工程が、
混ぜ物のない形で含まれており、
一方、エチュードには、
ピアノを弾く手段である、
指の鍛錬のための課題だから。
これらを外した時、
ある程度の所までは、
どうにか辿り着けたとしても、
やがて必ず行き詰り、
頭打ちとなってしまう。
エチュードはともかく、
バッハを苦手とする人は多い。
…けれど、音を同時に出せる楽器は、
複音楽を制覇して、はじめて、
真の面白味を味わうことができる。
これは、流行り廃りに無関係の
普遍の事実。